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冠辞考
六登
とりがなく 〈あづま〉 万葉集巻二に、〈人麻呂〉鳥之鳴(とりがなく)、吾妻乃国之(あづまのくにの)、巻三に、〈筑波山の歌〉鶏之鳴(とりがなく)、東国爾(あづまのくにに)、巻二十に登利我奈久(とりがなく)、安豆麻乎能故波(あづまおのこは)雲々、〈猶多し〉こは鶏は夜のあか時になく故に、明(あか)といひかけたる也、いかにぞなれば、古事記に、倭建命還上幸時、到足柄之坂本雲雲、〈紀には碓氷坂とす〉登立其坂、三歎、詔雲阿豆麻波夜、故号其国謂阿豆麻也といへり、この阿豆麻お景行紀には吾妻と書、仁賢紀には吾夫お訓て阿我図摩(あがつま)ともあれば、阿豆麻の阿は阿賀(あが)お略きていふ也、然れば鶏が鳴あと一語にかヽれる如くなれど、実は吾(あが)てふもとの語によりて、明(あか)といひかけたる也けり、本語によりてつヾけたりとみゆる類は、前にも後にも挙たり、且吾(あが)と明(あか)と清濁お嫌はぬこと、既にいへる妹爾恋明すてふお、吾能松原(あごのまつはら)にいひかけ給へるが如し、