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閑田耕筆

本邦の風は質直にて、文飾少きが本色なるべし、善も悪も進むに速にして省る所たらざるか、はた質直によりて、天皇お仰ぐこと実に天のごとし、民心一つなればか、雄略紀の樟姫といふ者、其夫弟君が、父と共に上に叛お知りて、ひそかに殺せるお、国家情深、君臣義切、忠踰白日、節冠青雲褒給へり、婦にして夫お殺すお節とし、忠とせる紀者の詞あたらずといへども、国風の然らしむるなり、〈◯中略〉 風習といふものは、いかにともすべからず、唐山にて国々の風お論ずるごとく、吾朝にても大国の人は気象おのづから優に、小国の人は逼れり、或は其領主勢あれば、士民驕泰に、勢なければ畏縮す、海浜の人は散漫に、山中の人は倹素なり、市井の人は〓智多く油滑に、僻境の人は旅直にして偏窄なり、孔子曰、里仁為美、択不処仁、焉得知と、是地によりて気おうつすの由なり、論語徴に、里の字お居のごとくなしてみるべしといへるも亦理あれども、唯字のまゝに見れば如此し、