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宇内混同秘策
宇内混同大論 凡四海お治るには、先づ王都お建てずんばある可らず、王都は天下の根本なるお以て、形勝第一の地お撰ぶべし、浪華は四海の枢軸にして、万物幅湊の要津なり、然れども分内狭く人民極て多く、土地より生ずる所の米穀、或は居民の食ふに足らず、故に此地に大都お建て皇居と為すは深く慮るべき所あり、然れば王都お建つべきの地は、江戸に如くものあることなし、関東は土地広平にして沃野千里、且相模、武蔵、安房、上総、下総の五州お以て内洋お包み、斗禰(とね)、秩部(ちヽぶ)、鬼奴(きぬ)、多麻(たま)の四大河、内洋に注ぐお以て、水路能く通流し、百穀百菓其他諸国の産物運送甚便なり、万貨豊饒人民飢餓の患あること鮮く、殊に峨々たる崇山三方お囲摎し、以て他鎮と境界お分ち隻東方一面大洋に浜し、進では以て他国お制すべく退ては以て自ら守るに余りあり、郊野壙漠にして馬強健に、民人は衆多にして勇壮、実に其形勢天下に雄たり、凡そ重に居て軽お馭し、強お以て弱お征する、永静の基礎お立るに宜し、故に王都お建るの地は、江戸お以て天下第一とす、王都お此地に定て永く移動すること無るべし、浪華も亦天然の大都会なれば、之お西京として別都に為すべし、〈◯中略〉 文政六癸未年四月十一日 松菴 佐藤信淵