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太平記
二十六
賀名生皇居事 貞和五年正月五日、〈◯中略〉吉野の主上は、天の河の奥賀名生(○○○)と雲所に、僅なる黒木の御所お造りて御座あれば、彼唐尭虞俊の古へ、茅茨不剪、柴椽不削、淳素の風も角やと思知れて、誠なる方も有ながら、女院皇后は柴葺庵のあやしきに、軒漏雨お御ぎかね、御袖の涙ほす隙なく、月卿雲客は木の下岩の陰に、松葉お葺かけ、苔の筵お片敷て、身お措く宿とし給へば、高峯の嵐吹落て、夜の衣お返せども、露の手枕寒ければ、昔お見する夢もなし、〈◯下略〉