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筆の椛

昔もためしすくなく、今行末も有がたくおぼえ侍るは、応仁の今のみだりにぞ侍るべき、九のかさねのうち、二条より北は、わづかに禁裏仙洞のほかは、神祇官太政官おはじめて、百官諸司の居所一宇も残らず、咸陽宮の煙となりて、姑蘇台の露のみしげりき、〈◯中略〉こヽに桃の名におふ坊に住なれしつたなき翁ありけれ、此あたりも両陣のさかひにて、終にはのこり侍るまじきよしお、告げしらするものヽありければ、人なみ〳〵に蓬が門おうかれ出て、しばらく九条のほとりにやどりおかり、こしかたおかへり見れば、程なく一片のけぶりと立のぼりて、焼野の原と成にけり、〈◯下略〉