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宇治拾遺物語
十五
今はむかし天智天皇の御子に大友王子といふ人ありけり、太政大臣になりて世のまつりごとおおこなひてなんありける、〈◯中略〉春宮〈◯天武〉これお御らんじてさらでだにおそれおぼしけることなれば、さればこそとて、いそぎ下種の狩衣袴お著給て、藁沓おはきて、宮の人にもしられず、たヾ一人山お越て、きたざまにおはしけるほどに、山城国たはら(○○○)といふところへ、道もしり給はねば、五六日にぞ、たどる〳〵おはし著にける、その里人あやしくけはひのけだけくおぼえければ、高つきに栗おやきまたゆでなどしてまいらせたり、その二色のくりおおもふことかなふべくは、おひいでヽ木になれとて、かた山のうへにうづみ給ぬ、里人これおみてあやしがりて、しるしおさしておきつ〈◯中略〉田原にうづみ給しやきぐりゆでぐりは、形もかはらず生出けり、いまにたはらの御くりとてたてまつるなり、