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日本鹿子
一山城
名所の類 白川 南禅寺のおくなり、寺の門前より西へ流たる川也、〈◯中略〉 岩蔵山 此名洛の四方にあり、帝都鎮護の為に、一切経お書て四方の山に埋れし故、此名ありといへり、東の岩くらは、白川の東南禅寺の上なりと雲、北は松が崎の後、西はよしみね也、南は大和の国にあり、〈◯中略〉 粟田山 粟田口といふ所也、三条通の東あふ坂に近し、十禅寺より花頂院のあたりおいふといへり、 うきめおばよそめとのみぞのがれ行く雲のあはだつ山のふもとに 山階里 郡の名也、粟田口より相坂へ行間、四の宮などヽいふ所有、 音羽山 相坂の関より南に有と雲 相坂の筧の水に流るヽは音羽の山の紅葉なりけり 花山 清水寺の東也、遍昭の旧跡なり、また山科の内に鏡山といふあり、花山北也、 栗栖野 伏見の東、醍醐の西也、 見わたせば若なつむべく成にけりくるすの小野の萩の焼原 篠の隈 山階のうちに有、京より二里あまりなり、 清水寺 くはしく仏閣の所にしるせり 日吉の社 神社の所にくはしく有〈◯中略〉 稲荷 神社の所に有〈◯中略〉 深草〈山、野、里、〉 京よりは辰巳のかたなり、いなりの山の続也、 伏見〈里山〉 深草の南里続也、乗功法師のうたに、 冬の夜のさむけき月にかずみえてふしみの沢にわたるみづどり 木幡〈山里〉 伏見の東なり〈◯中略〉 笠取山 醍醐の南木幡の東也、大山なり、〈◯中略〉 宇治の〈山、里、川、〉 京より辰巳の方三里也、水上は近江の水海より流落て、末は淀川へ落る、川は北へ流れて、橋は東西にかけたり、山吹の瀬、槙の島、橘の小島が崎、皆同所の名所なり、〈◯中略〉 竹田河原 淀より東、伏見方也、〈◯中略〉 鳥羽 秋の山 同池鳥羽のうちの名所也、竹田に近し、京より一里余、淀の続也、〈◯中略〉 淀〈河、渡、橋、◯中略〉 京より未申の方三里也 美豆野 淀川の南の方也、みづの御牧と続たるも此所の事也、 八幡山 神社の所にくはしく有〈◯中略〉 駒野 京より奈良へ行道也 木津川 此川は駒野と木津の里との間なり、木津と雲は南也、 泉川 都より南、奈良の順道にして、木津に近し、〈◯中略〉 柞の森 京より大和へ行道〈◯中略〉 岩田小野 淀の小橋の浮田の森のあたりなり〈◯中略〉 神南備社 山崎の西也、賀茂春日両社ならびし故に此名あり、京より未申の方也、〈◯中略〉 水無瀬 山崎に近し、男山より西にあたる也、〈◯中略〉 桂川 西川と雲、七条通の西也、 大原野 九条の通より少南なり〈◯中略〉 小塩山 大原野のうちにあり、京より四里ばかり也、春日の末社たち給ふ、此所に岩倉といふ山寺あり、よしみねと雲も此山のみね也、 葉室里 西山青生野より南也〈◯中略〉 松尾 葉室より北也、神社の所にくはしく書記せり、〈◯中略〉 衣手森 松の尾と嵐山の間也 梅津川 洛の西、松尾より東也、舟渡し有、〈◯中略〉 大井川 洛の西、嵯峨天竜寺の前の川也、〈◯中略〉 嵐山 洛の西、松尾の北、法輪寺の後の山也、 亀尾山 嵯峨天竜寺上の山也〈◯中略〉 双岡 仁和寺の東の方の岡也 阿太子山 樒原 月輪の里、両所もあたごのうちの名也、 高雄山 洛の西北にして、あたご山のならびさがの北也、紅葉の名所也、栂尾、槙尾、皆近隣也、 鳴滝川 仁和寺のおく、ならびの岡の北より流れ出る小河也、〈◯中略〉 衣笠山 是も仁和寺西也 位山 一条より北の通也、衣笠山より未申也、総而帝王の御座所おさして此名有と雲説あり、 北野 京より戌亥にあたりて天神の御社有、神社の所に委く書り、〈◯中略〉 紙屋川 北野の西也、北より流たる小川也、 平野 北野の西也 卜野 紫野同所か、また歌には紫野のならびのやうに見へたれどもいかヾ、北野のことか、〈◯中略〉 北山 京より戌亥也、衣笠山の近所なり、 船岡野 室町通也、一条より十町計也、〈◯中略〉 小野 若狭の境也、京より四里也、 鞍馬 此山都の北にあたりて、行程三里也、〈◯中略〉 貴船川 くらまの西也〈◯中略〉 大荒木杜 京とくらまとの間、市原野という所に有、鞍馬より一里南也、〈◯中略〉 松が崎 一条より一里計也、賀茂より東也、七月十六日妙法の送り火ともす、 氷室山 洛の北、松が崎より丑寅也、〈◯中略〉 大原 都より三里、八瀬より一里北也、〈◯中略〉 瀬が井の清水 大原の里にあり〈◯中略〉 御影山 賀茂也、ひえいざんのふもとやせの里也、俗にみあれ山と雲、〈◯中略〉 神楽岡 吉田山春日の社より南の方茂りたる松の木高き林のうちに小社有、是神楽岡の神、吉田の地主也、〈◯中略〉 雲の林 雲林院の事か、梶井殿とて、一条大宮より北に千本近くに御門跡の御所也、舟岡と北野との間也、〈◯中略〉 中川 北畠より一条東洞院へ流れたり、今出川共いへり、京極川とも雲り、源氏かたたがへの夜、うつせみの尼の住ける、中川の宿といへるは、此あたりなりといへり、 滋野井 勘解由小路と、中の御門の間也、 塩竈 六条高倉にあり、融大臣の旧跡也、