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人国記
大和国 大和国之風俗、表郡は人の気、大形名利お好むもの多し、奥郡之者は隠る気有之、蓋し此国之人は、大体山城之国人に風俗似たる処多し、昔日王城之地と成が故に、其風俗漸く似たる処多しといへども、山城之国より人之気、少し尖成所有、雖然表部者名利にかヽはる人多く而、常に詞に訛お巧みにして、上分は巧みすくなう而、名お挙んことお願ひ、下劣は於言句之下而、偽お述て両舌お吐く風俗也、若是国之人お味方に従はしむるには、讒者お以て人の気お可分、名利無き則は速に分つ、亦奥郡之人は隠るヽ気質、自然と生れつきたり、是は山深く而常に人倫に交、道理お談ずる人も寡ければ、自ら如斯に而、道理お不知風俗也、自然に実お振舞ふ人は、猶以て隠遁之気発し、世お無き物となす、形儀おのみ見聞が故に、如斯之風儀多し、されば古より芳野山奥は人之気、五畿内之人に勝れていさぎよき也、雖然物之形儀お不知が故に、智あつて道理に従ひ、謹とはなけれども、邪僻之為に驕お禁ずるもの也、故に自ら愚成人多し、若是お取らば、其威お仰て気お悦ばしめて、我国お全う而、国人お不労而、自ら愚お行はせよさある時は陰却而陽に変じ、驕奢之気出るものなり、都而名利名聞につながれて、気質に勝ちたると可知也、千万人に一人二人は国風お忘れたる人もあり、〈口伝〉