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浪花の風
浪花の地は、日本国中船路の枢要にして、財物幅湊の地なり、故に世俗の諺にも、大坂は日本国中の賄所とも雲、又は台所なりともいへり、実に其地巨商富估軒お並べ、諸国の商船常に碇泊し、両川口よりして、市中縦横に通船の川路ありて、米穀お始め日用の品はいふに及ばず、異国舶来の品に至る迄、直ちに寄場と通商なる故、何一つ欠るものなし、古来よりかくの如き土地がら故、商估専らにして、人気もおのづから其風に移り、利お謀ること他国に超て慧敏なり、故に淳朴質素の風は更に失ふて、隻だ利益に走るの風俗のみ、士といへども、土著のものは自然此風に浸潤して、廉恥の心薄く質朴の風なし、これ浪花風俗の大概なり、