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勢陽五鈴遺響
首上
国号総論 愚案に、前書各僻説なり、伊勢津彦と謂ふ時は、伊勢は音読なり、神代の国名音お以呼べからず、伊勢津彦とは、何に号する事お不知、諸説信じ難し、憶ふに夫伊は助字也、釈日本紀曰、易喩耆は行也、易は助語也、伊輔曳符枳能明流〈笛吹上るなり〉伊は助語也、万葉集曰、伊縁立之、御執乃、梓弓之、又曰、山際伊隠、万代、又曰、射往廻流〈伊射〉共に助字なり、按に紀伊の伊も厚顔抄に紀の韻伊なれば韻お加へたりと雲、是其証とすべし、勢は脊なり、伊勢国は山脊国と雲意にて、神代自然の称号とすべし、国形北より南に長く二十余里、又東に折て東西六七里、或十里、或十五里、東西南の三面、志摩、紀伊、大和、伊賀、近江、美濃、尾張に接続して皆山なり、唯東北の一隅にして尾三に対す、山海の間、平地あり、海は腹、山は脊なり、海腹は少く、山脊は多し、神代巻曰、膂宍之空国自頓丘覓国行去、纂疏曰、膂は脊也、其山形お思ふに相類す、是地形につき、脊国と雲意にて、自然に伊勢と呼来るなるべし、故に自国の名に因り、伊勢津彦と称呼し来るならん、然れば国お伊勢と雲より神の名とす、〈◯中略〉又神風の伊勢と連続して言は、神風は枕辞なり、久方の天、足引の山の類にして、和語の習なり、〈◯中略〉伊勢の名義は、区々たる俗説は容難し、其地形の山岳お背に帯ぶに拠て、勢の国と称すべし、伊の助辞にして紀伊の例に相同と雲は、今古の確論なり、