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人国記
伊勢 伊勢国之風俗は、南伊勢北伊勢とて有之、同じ国之中にても、南伊勢之作法は、諸人の心入、土にて作りたる器お、漆お以て能くぬり、其上お金銀お以て色どりたるに不異、誠に毎物詞之体はしほらしく、柳の枝に雪折なしと雲心にて、山城之人同前なれ共、心底は飽まで欲深く、親は子おたばかり、子は親お謀事お以て本とす、実少もなし、心万事に付てきたなき意地に而、侍も心入きたなく、下々お情なくつかひ、愛する心は微塵も無之、亦下々は、主お当座之光陰送る為に、頼みにするとのみ思ひて、主下之法之弁も無きは、偏意地きたなきより発りたる事也、諸事頼無之也、偖亦北伊勢之風俗は、南伊勢とは替りて、人の心能き所も多し、是も譬お以て是お雲に、雑木お以て万器お作り、其上お漆お以荘ひたるに不異、然者土お以て作りたる器お、漆お以て荘ひたるよりは、はるばる違たるものなり、是に因て侍の風儀も、しほらしき処有て義理も知りたれども、根性之処は雑木お以作りたる器之如なれば根のとくる人鮮し、都而上方之内、別而京伊勢の風儀、女人之形荘最善し、男は心不定而頼すくなし、乱世之時は、昨日味方たりし人も今日は敵となり、主は被官に被見放、子は親お捨て敵と成の類は、南伊勢之風俗也、北伊勢は約而違ふ事あれば赤面おなす、意地あれば義お以是お可看、南伊勢は違乱威光厳お以是おしめさば、即時に可傾也、