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参河国古蹟考

設楽〈志太良〉 〈民部式廿二、拾芥抄四同、当設楽郷あり、此より出たる郡の名なるべし、〉 民部式〈廿二の二丁〉首書雲、延喜三年八月十三日、割宝飫郡置設楽郡とあり、されど式は延長二年奏上の書なるに、神名式に石座神社お宝飫郡に取られたるは、未だ訂しあへ玉はざりしなるべし、園太暦に雲、暦応二年、伊勢国不通達之間、先被行御卜、用参河国設楽山畢ぬとあり、こは大神宮御遷宮の御材木お採れるなり、〈◯中略〉当郡今も設楽郡と称ひて、高二万五百十四石余あり、村数は、春雨咄に二百六十五村、二葉松に百八十四村、刪補に百八十七村、三川堤二百十六村お挙たり、