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今昔物語
二十六
参河国始犬頭糸語第十一 今昔、参河国郡に一人の郡司有けり、妻お二人持て、其に蚕養おせさせて糸多く儲ける、而るに本の妻の蚕養何なる事の有けるにか、蚕皆死て養得事無りければ、夫も冷かりて、不寄附成にけり、〈◯中略〉其家に白き犬お飼けるが、〈◯中略〉其前にて此蚕お物の蓋に入て、桑咋て見居程に、此犬立走て寄来て此蚕お食つ、〈◯中略〉此犬鼻おひたるに、鼻の二つの穴より白き糸二筋一寸許にて指出たり、此お見に恠くて、其糸お取て引ば二筋作ら絡絡と長く出来れば、〓に巻付く、〈◯中略〉四五千両許巻取て後、糸の畢被絡出ぬれば犬倒て死ぬ、〈◯中略〉其犬埋し桑の木に蚕弾無璽お造て有、然れば亦其お取て糸に引に微妙き事無限郡司此糸の出来ける事お、国の守と雲ふ人に語て出したりければ、国の司公に此由お申し上て、其より後犬頭と雲糸おば彼国より奉る也けり、其郡司が孫なむ伝へて、今其糸奉る竈戸にては有なる、此糸おば蔵人所に被納て、天皇の御服には被織也けり、