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日本鹿子

参河国名所旧跡之部 八橋 岡崎の宿より、ちりうの宿へこゆる中間より、半路ばかり北のかた、八橋と雲村の中にあり、南より北へ流るヽ小川にわたしたる橋なり、むかしなりひらの朝臣、此橋の沢辺なるかきつばたお見て、たびの心およめる歌、 から衣きつヽなれにしつましあればはる〴〵来ぬる旅おしぞ思ふ いかなるゆへにや、此在所になりひらの石塔なりと雲伝て、今にあり、 花の滝 八橋の村より三町余、ひがしのかたに有之、 矢作の里 岡崎の宿より西の出はづれに河あり、矢はぎの橋と雲、此橋おこゆれば、矢はぎの里なり、東やはぎ、にしにしやはぎと雲、ひがしのかたの田中にやぶ有、むかし矢はぎの長がすみし跡とてあり、此所お矢はぎと雲事は、むかし日本武の尊東夷おほろぼさんとて此所にくだり、矢お多く作らせ給ひしより、此名ありと雲伝なり、 長居せそ心していよあづさ弓矢はぎの川の鷺の一むら 宮地山 矢作の里より近し、北向の里也、東に川あり、山は高からず、後撰恋のうたに、 君があたり雲井に見つヽ宮地山打こえゆかんみちも知らなくに 二村 宮地山ちかくなり、千載夏の歌に、権中納言俊忠、 五月闇二村山のほとヽぎす峯つヾきなくこえお聞かな 衣の里 二村よりは北也、行程一里ばかりなり、 程ちかく衣の里も成にけり二村山お越てきつれば 豊河 今橋と雲里より北なり、三河の国の北は山つヾき也、八橋と雲所より遠江の国高師山のふもとへ出る中間、北のかたに大山あり、其ふもとに有河也、 狩人の矢はぎに今宵やどりなば明日やわたらん豊河の浪 星野 豊河より東のかたにある名所なり 花園(はなぞの)山 然管渡(しかすがのわたり) 荒(あれ)野 右の分、在所いまだしれざる也、