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伊豆海島風土記

利島(○○)は、伊豆国加茂郡下田湊よりは巳午のかたにあたり、海上十里余、江戸よりは午未の境に当り、海上四十八里程あり、伊豆国の方に向ひ荒浜ありて、此処に船お置、国地のわたりも遠からねど、瀬戸の夕はやく波高く、朝には海底の大石お打よせて汀に堤おなし、又波夕の引払ふ夕には、石尽て淵海となり、きのふ船お浮めし事、人力お尽すに堪たりといへども、又けふは童の力にても船のうかみ安き事ありて、船長の甘苦定りなき地なり、しかはあれど伊豆相模の浦々へは一日の内に渡り、江戸へも行通ふこと安きゆへ、わづか一里にみちざる小島なるに、家数八十六軒、人数三百二十人余り、流人は三人ありて、程々の世わたりおなす、其産業には、男は漁猟お専らとし、重に干魚鰹ぶしお以て、国の雑穀と交易す、女はむかしは絹おも織りしよし、今は其業絶て農事に身おやつし、日毎に畑に出て、麦、粟、大根、芋、菎蒻の類お作るに、肥しおも厚く用ゆるゆへ、穀の実りも大島などにはまさるべし、