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冠辞考
七奈
なまよみの かひのくに 万葉巻三に、〈不尽の山の歌〉奈麻余美乃(なまよみの)、甲斐乃国(かひのくに)、打縁流駿河能国与(うちよするするがのくにと)雲々、こは生弓(なまゆみ)の返(かへ)るといふお、かひにいひかけたるなるべし〈加倍利の倍利お反せば、斐となる故に、甲斐に冠らせし也、〉周礼に〈弓つくることお〉幹角お、熟於火粥膠法お挙て、然則居旱亦不動、居湿亦不動、苟有賤工、必因角幹之湿、以為之柔、善者在外、動者在内、雖善於外、必動於内といへり、されど皇朝の古き弓は、たヾ木のまヽに作りて、膠して竹お合せなどする事はなかりき、兵庫寮式に、御梓弓の様お委くしるされしに、膠も竹も挙られぬは、延喜の御時までも、木のかぎりなりし事しらる、今も大和の大安寺法隆寺などにある古き弓はしかなり、さてその木のかぎりなる弓も、まだなまなる新(にひ)弓は、動き反りけんかし、〈又続日禾紀にも式にも、甲斐信濃よりおほく弓お献る事見えて、集中に信濃の真弓ともよみたれば、甲斐にも冠らすべき事と思ふ人もあれど、そは冠辞の意およくも見で思へる物也、さるべき辞もそはで、なま弓のかひとてさる意あらんかは、くにつ物もてその所に冠らすると思へるは誤り也、〉