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裏見寒話

或説に、此国山林多くして、竹木の不足なし、四方山お囲ひて、陽気薄く、辺鄙は蚕業お専にして、民用お助く、或は紙お漉、〓色菰お作る事お第一とす、其外菓類は、甲土の産お佳味とす、大河なく海なし、故に他国よりの著船なく、海魚なし、冬より二月の頃迄は、駿州沼津より鮮魚おおくるといへども、山路雪深く凍付る時、馬蹄不時して、魚荷お送る事能はざれば、冬といへども魚肉乏しき事あり、中秋の央迄は、乾魚塩魚のみ、亦山里はいふにやおよぶ、府下も庭上より地気生じ、雲霧となり、湿深き故、夏秋の間、瘧病痢疾流行す、〈府下も庭上より地気生じ、雲霧と成り、湿深しとは、此説不審、予府中にも田舎にも、二三け所に住居したりしが、如此の事なし、上岩崎村山の根かたの村なれども、其辺にさへ、かよふの事なし、猶湿気もなし、大低湿深きは中郡筋のみにて、其他湿深き所なし、中郡も不残湿深きにはあらず、笛吹川の北に添し一里ばかり、竪二里余三里もあるべし、是も川の南方は湿気曾てなし、病も同断に覚ゆ、〉