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甲斐国志
一提要
一本州の気候は、大山高岳、四維に無間断畳立したる国なれば、瘴気内に靉靆して、陰包陽、運動すること常に晩し、然れども駿州お南にし、信州お北にし、南北各十数里にして接境、而駿於暖信於寒、自古海内に所名なれば、北吹南薫、時ありて無変態こと能はず、厳冬不視氷雪歳あれども、又冴寒堕指年ありて、園中に年歴る竹木も枯痛めり、概して之お測るに、陽気較劣れり、如何となれば、早稲は常に実少し、晩稲若し持暖歳に会へば、雖其利許多、高山に雪下り、秋冷蚤く到れば、農夫空手する事あり、橘柑橙柚の属ひ生産せず、茗茶不充民用、駒犢畜し蚕糸多し、故に寒き方勝れりと雲、亦春時陽焰に向て、寒違節雪雹相侵すことあり、古より爾りと雲、寒暖の中間に居る国なればなり、壬生忠岑が、本州に知事たりし時の歌とて、口碑に伝ふ、〈新後拾遺集載之〉 題しらず 足引の山のかひよりかすみきて春しりながらふれるしら雪、此歌能く其実お得たりと雲べし、