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東国紀行
かたせ川こしごえすぎゆけば、ゆいの浜みなせ河も見えわたるほどなり、愛阿弥、鎌倉よりむかひにきたれり、しるべしてむかしの跡など問きくほど、暮がたに成てつきたり、旅宿は太守より後藤かたへおほせつけられ、清閑おそへられ、幻庵より多田など案内者とてくはへられたれば、いづかたもおほつかなからず、旧跡のたびね其感有、けふは三月〈◯天文十四年〉一日、早朝先鶴が岡八幡宮参詣、松の木のまのさくらさかりにて、石清水臨時の祭、舞人のかざしにおもひまがへられたり、近年御遷宮、あけの玉がきよりはじめ、見るめもかヾやく春の光、わづかにむかしおぼえたり、まづ金沢一見すべしとていそぎ侍れば、後藤案内いたしてうちいづるほど、めにちかき谷々、右大将家の御跡、山がつもこヽろあるにや、はたにもなさず、芝しげらせ、はなち飼駒、所へがほなり、するすみ、いけずきひやされしながれ、水さびいでかげもみえず、こヽかしこ過がてにするほど、暮ぬべしといへば、いそぎつきたり、〈◯中略〉暮はてぬほどにぞ、うちはへかまくらへくれば、妙法寺住持たるなとたづさへられ、迎にとてきたられしかば、又えひおかさねて、暮すぎたるほど旅宿につきたり、蔭山藤太郎来りて、一座の望のよし内儀申たり、ことに一向若年の執心もさりがたきことにて、例の発句、 こととはヾ花やしら雲代々の春 三代将軍、九代の春もはなはかくこそは、円覚寺の木末、さかりにみへたる会席なればなり、