[p.0942][p.0943]
紫のゆかり
こヽなるむさしの国は、四方に山なく、いとたひらかに、うちひらきて、たてとよことひとしく、あゆみ行みちの程おもてはからば、二日三日お越べし、そのさかひは、安房、かみつふさ、しもつふさ、かひの国によれり、いにしへより、国のさかひひろごりて、こほりもかずまさり、今ははたちあまりふたつとぞなれりける、くだ〳〵しければ其名はもらしつ、こヽの大城、うちのへとのへ、おほきなるいふべくもあらず、〈〇中略〉ふたへの御くるわのとよりは、市の家い軒おならべ、いづれも〳〵おとるまじうたてつヾけたり、おほぢはたてざま、よこざま、いとおひきはへたるがごとく、小路は星のまつへるにひとし、西北は高く、東南はひきし、高きにのぼりて、はるかにみれば、家いはたヾ山のかさなりたるやうにて、また波のうごきたつけしきにもにたり、南は品川の入江近く、入つどふ舟どもに、真帆片ほ風にまかせて、鷺かもめなどのとぶかとみゆ、うまやぢの家々、かたはらは山にそひ、かたはらは入江にのぞみて、たかどのめくつくりざま也、内にはかけはしわたして深くみやらるヽに、塵打はらひ、すヾしげにて、かりのやどりにも心こむべきおうなうちむれて、なまめきあひたり、にしの国いとおほければ、行かふ旅人もことにおびたヾしく、いとにぎはしき所也、