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望海毎談
一武蔵の国にて、今の上野お忍の岡と雲、湯島天神の台お向ふの岡と雲、谷中の方お入砂の岡と雲、昔は芝浦の海の潮、此所迄入来る入江の続にて、斯三つの岡の相続お以て、谷中の岡に三(さん)崎と雲地名有、其中間に有る池の大さ十二万坪有と雲伝ふ、此池東は忍の岡の岸、西南の方は向ふの岡の岸、北東は入砂の岡の岸迄にて、其頃は今の池の岸べりの民家通りの道もなしとなり、此池お不忍の池と名付け、東の岡お忍の岡と名付けしことは、其むかし忍岡の東、今の清水村に関野喜内光耀といふものあり、其地に清水出る故に、関野氏が住居せし所なれば近江の名お引寄て、関の清水と人呼たり、今は根岸の方にて、本阿弥某が隠居したる所に跡有と言伝ふ、忍の岡入砂の岡に対して、池の西の方お向ふの岡と呼ぶ、