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御府内備考
五十八市谷
市け谷は古之地名と見へて、江戸古地図に市谷村おのす、又北条分限帳に、太田新六郎江戸市谷三十二貫九百十六文の地お領せしといふ、又同じき人江戸中里市け谷にて、二十貫六百十六文の所お知行せしよしも見ゆ、是によれば、市谷は中里までつヾきしやうに見ゆ、〈〇中略〉正保改の郷帳には、市け谷高四十三石余、田方拾五石余、畑方弐拾八石余、御代官所と記たり、今市け谷と称するの地域、南は御堀に限り、東北は牛込に続き、西は四つ谷に隣りて、皆武家屋鋪町並等の地となり、在方分と称するは、才にその間に雑り残りたれど、それも多くは抱地等になれり、