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人国記
安房国 安房之国の風俗は、人之気尖成事、譬ば刃の如く、和すること寡ふして、常の作法も、かたくへなり、唯人は男女ともに死する事お手柄とのみ覚て、仮初の付合にも、たがいに歯お抜き、一向之思案にて、大形万事思案工夫分別する事不成也、其内にも気質之廩る事、能く生付たる人もまヽ有、此国人は言葉溶(ゆるく)卑劣なれども、根源に正き所お生得たる上に、道理お分別したる故、一旦は尖に見ゆるといへども、武士は武士之上に備る程之器となり、農工商ともに皆是に準へ而可知、然ども如斯之人は多く無之而、唯気質につながれ、漸く理非お少弁ふる人のみ有、さ有るに付て、かり染に執行ふ事も、我が生得之気に任せて執行ふ故に、手強く而、堕落なる事希なり、学者と雲人も今不見ば、其風流に随て、自然と勤るものなり、