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成田参詣記

国府止 国府台村にあり、〈今総寧寺領百石の地お国府台村と称すれど、元は市川村の内なり、古書に小符代、鴻岱、高野台等に作るもあれど、共に非なり、〉今国府台と称する地是なり、〈豆相記に険岸高聳、下帯大河とは、此地の形勢お尽せり、〉 葛飾浦名勝志に、葛西お下総国府と雲たるよし、然ども東鑑お考るに、頼朝卿下総の国府に、九月十九日より十月二日まで御陣お居られ、夫より太井隅田の両川おわたるとあれば、国府は利根川より東の方なるべし、