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下総国旧事考
七郡郷
千葉郡 千葉郷(○○○) 今千葉町と称する地是なり、新田共十二町に分てり、千軒許ありと雲、〈因雲、千葉介と雲は、下総介が千葉に居住せしゆえの在名なり、千葉郡の介にはあらざるなり、それも国造の故止によられしなるべし、或雲、本郡に殿台村あり、国造の止は是なるべしと、猶考ふべし、千学集に、大治元年丙午六月朔、はじめて千葉お立つ、〈町のことなるべし〉凡一万六千軒なり、表八千軒裏八千軒、小路表裏五百八十余なり、曾場鷹大明神より、御達報稲荷の宮の御前まで、七里の間御宿なり、〈六丁一里なるべし〉後のものながら、〈大概お見るべきにや、〉