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近江国輿地志略
二建置沿革
夫以ば、近江国旧淡海の国と号す、〈◯中略〉大管十二郡、志賀、栗太、野洲、甲賀、蒲生、神崎、犬上、坂田、浅井、伊香、高島なり、印行の諸書、〈岡田氏が日本国備図、日本地理志略、国家万葉記、武用弁略、淡海録、〉に十三郡としるし、二十四郡と載、みなもつて誤の大ひなるものなり、〈◯中略〉唯近世俗間の軍記に、〈江源江鑑、浅井三代記、織田軍記、太閤記類、〉善積郡お多く載す、近江の土俗も亦これおいふものおほし、ともに虚偽孟浪の言なり、三正史、六国史、諸実録、善積郡の名おあぐるものおみず、拾芥抄に十二郡としるし、その十二郡の名の下に、勢多善積としるす、是おもつて郡名とおもへるにや、勢多善積は郷の名にして、順和名抄に、勢多は栗本郡の下にのせ、善積は高島郡の下にしるせり、是お正説とすべし、東鑑のごとき中世の実紀なり、是亦善積の庄おのせて、善積郡おしるさず、是善積郡なきことあきらかなり、ことごとく書お信ぜば書なきにはしかず、正史実録お除て、稗雑の書おとらんや、いはずして明なり、