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近江国輿地志略
二建置沿革
荘 今当国にて、民間称する処の荘名、亦旧書の中に出たる其一二お挙る、 志賀郡 錦織荘〈寺門侍記補録曰、源頼義遂館錦織荘雲々、〉 志賀荘〈土俗の伝ふところなり〉 粟津荘〈源尊氏新羅社の寄文にみへたり、亦土俗の所伝にも有、〉 和邇荘〈後醍醐天皇、三井寺へ下したまふ処の宣旨に見へたり、〉 柳田荘〈土俗の伝ふところなり〉 甲賀郡 檜物荘〈撰集に多し、檜物のもの蒲桜およめり、是なり、東寺村阿星山長寿寺の什物に、源頼朝及尊氏の寄文多あり、皆檜物荘東寺と記されたり、〉 蒲生郡 火切荘〈土俗のつたふる処なり、江家次第に、御歯固の具、有鏡餅用近江火切、〉 神崎郡 高屋荘〈源氏物語に、高屋の妙法寺のことみへたり、亦故老の伝る処なり、〉 伊庭荘〈源為義に伊庭荘お賜由、保元物語に出たり、〉犬上郡 高良荘〈園太暦に曰、観応元年南朝正平五年、石塔中務大輔為大将、江州高良荘辺処々放火、又東鑑にもあり、〉 坂田郡 小野荘〈古老の伝る処、後鳥羽天皇和歌所おおかせたまひて、当荘お附属したまふ、和歌所預り藤原俊成、定家、為家、相続して、領知なりといふ、〉 坂田荘〈民部卿泰憲常喜院お建立し、家領近江国坂田荘お割て寄附すると、寺門伝記に見へたり、〉 柏原荘〈東鑑に出たり〉 浅井郡 大浦荘〈三代実録にみへたり〉 高島郡 木津荘 饗食荘〈倶に比叡山延暦寺の旧記にあり〉 善積荘〈東鑑に出たり〉 吉富荘〈京東山今熊野におさむるところの泰和年中の院宣に見へたり、〉 今西荘 下端荘 富山荘〈倶に東鑑に出たれども、其所在おしらず、〉 吉塚荘〈定家の旧領なりと明月記に見へたり、是も所在詳ならず、〉 横山荘〈元暦元年、源頼朝園城寺に寄附のこと、寺門伝記に見へたり、所在詳ならず、〉