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近江国輿地志略

湖水 琵琶湖八景あり、呼て近江八景といふ、何人の名づけしことおしらず、西土瀟湘の八景に比すといへり、なんぞ八景のみに止らんや、千万の佳景また其中にこもれり、琵琶湖八景といふは、 勢田夕照 石山秋月 粟津晴嵐 比良暮雪 唐崎夜雨 堅田落雁 三井晩鐘 矢橋帰帆 江陽日記曰、明応九年八月十三日、近衛政家公同尚通公父子、佐々木高頼の招請によつて、近江に淹留日お歴にけり、此時政家公八詠あり、 勢多夕照 露時雨もる山遠くすぎ来つヽ夕日のわたる勢多の長はし 石山秋月 石山やにほのうみてる月影は明石も須磨もほかならぬかは 粟津晴嵐 雲はらふ嵐につれて百船も千舟も浪の粟津にぞよる 唐崎夜雨 夜の雨に音おつづりて夕風およそに名立るからさきのまつ 比良暮雪 雲はるヽ比良の高根の夕暮は花のさかり過るはるかな 堅田落雁 峯あまたこへて越路にまづちかきかたヽになびき落る雁がね 矢橋帰帆 真帆引て矢橋にかへるふねはいま打出の浜おあとの追かぜ 三井晩鐘 おもふその暁ちぎる始ぞとまづきく三井の入あいのかね