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人国記
陸奥国 陸奥国の風俗は、日本の偏鄙成故に、人の気の行詰りて、気質のかたより、其尖なる事、万丈の岩壁お見が如に而、迦逅道理お知るといへども、改て知ると雲事すくなく、たとへ知るといへども、江の水の流なくて、塵芥之積りて清る事なきが如し、さるほどに名人の名お呼ぶ程の人は不得聞お也、末代以て如此成べし、右之如之気質故、頼母敷ところ有て、亦なさけなき風俗也、五十四郡の内、いづれも二つ三つに、少づヽ風俗分れたれども、大枢に替る事なく如此、 此国の人は、日の本の故也、色白くして眼の色青き事多し、人の形儀いやしふ而、物語卑劣なれども、勇気正き事、日本に可劣国とも不被思也、因茲也朋友無益討果、主君へ志お忘、父母へ孝お忘などする類不知其数、雖然男子上下ともに勇お以て本とする処なれば、偏鄙偏屈なりといへども、潔き意地あつて、恥お知故、是お善とす、 女之風俗、色白く、かみ長く而、其顔色もうるはしきといへども、其形儀音声更に述に不及して悪き也、此国の上臈と上方の下臈と、其甲乙お雲ふに、上方の下臈女房にも嘗て不及也、然ども心底はやさしく情有て、気の正き事も、上方の男よりもはるばる上なり、 総而此国、出羽、上総、下総、常陸、上野、下野之類、大形は人の音声上は拍子也、然る故に、心に佞成事なくて、差当る所之儀のみ大形に勤ると可知、然故に毎物至て思案工夫分別する事鮮き事、千人に九百人如此也、若又智有て気質之変お去らんと志し勤る人有といへども、其理之内之陽お取て以て是お用てなす故に、何事も強身なり、取分て牡鹿、郡栽、鹿角、階上、津軽、宇多郡之人は、兎角そこつあらましなる風俗なり、