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奥の細路
抑言古りにたれど、松島(○○)は扶桑第一の好風にして、凡そ洞庭西湖に羞ぢず、東南より海お入れて、江の中三里、析江の潮お湛ふ、島々の数お尽して、欹つものは天お指し、伏すものは波にはらばふ、或るは二重にかさなり、三重にたヽみて、左に別れ右に連らなる、負へるあり抱けるあり、児孫お愛するが如し、松のみどりこまやかに、枝葉夕風に吹きたわめて、屈曲おのづから撓めたるが如し、其の景窅然として、美人の顔お粧ふ、千早振る神のむかし、大山祇の為せる業にや、造化の天工、いづれの人か筆お揮ひ言葉お尽さん、雄島が磯は地つゞきにて、海へ出でたる島なり、雲居禅師の別室の跡、坐禅石などありて、将た松の木陰に世お厭ふ人なども希々見え侍りて、落ち穂松笠など打ち煙りたる草の庵、しづかに住みなし、如何なる人とも知られずながら、先づなづかしく立ち寄るほどに、月海にうつりて、昼の詠め又あらたむ、江上にかへりて宿お求むれば、窓お開き二階お造り、風雲の中に旅寐するこそ、あやしきまで妙なるこヽちはせらるれ、 松島や鶴に身おかれほとヽぎす 曾良