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北越奇談

七奇弁 越後に、古より七不思義といへることあり、今尚諸方の遊客好事の人、此国に尋来て其奇お探んとす、〈◯中略〉近世諸家の記行に載る所、各其名目に別異ありて、論説する所も又おなじからず、〈◯中略〉凡諸家の雑記記行にあぐる所と、国人家々に論説する所お合せ見るに、今尚二十有四奇あり、 神楽岳の神楽 海鳴(うみなり) 胴鳴(ほらなり) 燃土 七つ法師八つ滝 白兎 鎌鼬(かまいたち) 火井(くはせい) 塩井(えんせい) 燃水 蓑虫の火 冬雷 逆竹(さかさだけ) 風穴(かざあな) 沸壺 白螺(しろたにし) 土用清水 四蓋波(しかいなみ) 箭根(やの子)石 三度栗(さんどくり) 無縫塔(むほうとう) 沖(おき)の題目(だいもく) 八房(やつぶさ)梅 即身仏〈◯中略〉 予援に於て古の七奇お弁じ、今の七奇お撰せんとす、希くは四方の好事家為之説論せよ、古の七奇、 燃土(もゆるつち) 燃水(みづ) 白兎 海鳴 胴鳴 火井 無縫塔 其一燃土焚土(もゆるつちえんど)なり、米山の陽(みなみ)、西北の浜潟町のほとり、鵜の池、朝日の池、同く柿崎の裏田の沼より出る、又三島郡竹森と雲る所、用水の溜池、及田の沼より出づ、其外所々に多し、〈◯中略〉 其二 燃水草生津(もゆるみづくさふづ)の油、即臭水(くさみづ)の油なり、頸城郡凡六け所、然れどもその大なるものは、蒲原郡草生津村、同新津(にいづ)村、同柄目木(からめき)村、同黒川館村等なり、出雲崎の上(かみ)、蛇崩(じやくづれ)といふ所、海中に出づ、如此所々水中より油まじはりて、沸出るお草にしみ付とること也、然れども、いかなる油なることおしらず、水の臭きがゆへに、くさ水の油と称す、〈◯中略〉 其三 白兎(しろうさぎ)は諸州共に是ありといへども、他邦の白兎は、即其質にして生るヽより白く、冬夏ともに相同じ、灰色なるはその常なりと、越国に産する所は、春の末より、秋の終りまでは、尽く灰毛にして、白は絶てなし、冬は即清白に雪の凝れるがごとし、〈◯中略〉 其四 海鳴(うみなり)は晴天といへども、雨ならんとするとき、已海潮の響、五六里に聞へわたりて南にあり、風雨の日も晴んとするときは北に聞ゆ、是おもつて国人陰晴お占ふ、今九州灘に是と類する所ありといへり、〈◯中略〉 其五 胴鳴(ほらなり)は秋晴の日、風雨ならんとするとき、必是おきく、たとへば雲中より雷の轟き落るごとく、雪の高山よりなだれ落るがごとき声ありて、いづくとも定めがたし、頸城郡には黒姫岳といひ、蒲原、古志の辺には蘇門(そもん)山淡(あは)け岳ともいふ、又岩船郡には、村上外道山ともいへり、其響更に遠近なし、 其六 無縫塔(むほうとう)は、蒲原郡河内谷陽谷寺門外、渓流数十尋の淵回(めぐ)りて百歩ばかりの間、岸平かに乱石磊落たり、此寺住僧入寂三年の前、必此淵より墓所の印となせる石一つ岸の上にあぐることなり、其石常体(つ子てい)の石に異なるにもあらねど、自然にして来往の人、誰いふとなく、是こそ無縫塔なりと、衆目のさす所、皆一なり、其奇怪いかなることヽも量がたし、一とたび衆人の名付るより、其石幾度淵に抛入れども、一夜にしてまたもとの所にあげおくとなり、〈◯中略〉 其七 火井(くはせい)、三条の南一里ばかり山の麓入方村〈即入方寺村なり、又妙法寺又如法寺ともいふ、〉某といふ百姓の家炉(いへろ)の角(すみ)に石臼おおき、其穴に竹おさし火おかざせば、即声ありて、火うつり盛に然ること尺ばかりならん縦横に竹おくみあぐれば、其竹の孔(あな)ごとに皆火もゆる、竹お少引あぐれば、央は火絶てなく、上にばかり火さかんなり、皆土中より登れる気のもゆるなるべし、〈◯中略〉 新撰七奇 石鏃(せきぞく) 鎌鼬(かまいたち) 〈此二奇、古の海鳴、白兎に易る、新撰海鳴は常に聞くべからず、白兎は、近国余類はなはだおほきがゆへ除之、〉 火井 燃土 燃る水 胴鳴 無縫塔 〈此五奇は、古より賞称するところおあらためず、〉