[p.0614][p.0615]
備後国は、びんごのくにと雲ひ、旧くは、きびのみちのしりと雲ふ、山陽道に在り、東は備中、西は安芸、北は伯耆、出雲、西北は石見に接し、南は海に至る、東西凡そ十三里、南北凡そ十九里、此国は、古へ国府お葦田郡に置き、安那(やすな)、深津(ふかつ)、神石(かめつ)、奴可(すか)、沼隈(ぬのくま)、品治(ほむち)、葦田(あしだ)、甲奴(かふの)、三上(みかみ)、恵蘇(えそ)、御調(みつぎ)、世羅(せら)、三谿(みたに)、三次(みよし)の十四郡お管し、延喜の制、上国に列す、明治維新の後、安那、深津の二郡お合せて深安郡と為し、品治、葦田の二備お合せて葦品郡と為し、三谿、三次の二郡お合せて双三郡と為し、三上、奴可、恵蘇の三郡お合せて此婆郡と為し、新に尾道市お設けて、広島県おし之お治せしむ、