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南海通紀
十三
土佐元親発向讃岐財田記 天正六年の秋、土州元親五千余人お揚て、讃州三野郡財田(○○)に発向す、此財田の地と雲は、阿波の大西に隣りして西讃岐の国也、此地お得るときは讃州へ入易し、大邑二十五け所あつて、山川の固めよし、〈◯下略〉