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愛媛面影
二越智郡
篠塚伊賀守墓 今治の海上沖島に在り、一社の傍に苔むしたる五輪塔是也、〈◯中略〉 按、日本外史曰、賊不敢追躡、至今治浦、見賊空船、独有舟人、篠塚游而達之、跳入船、自名曰、送吾於隠岐、手抜錨樹桅登船屋鼾睡、舟人畏怖、送至隠岐以終焉といへり、太平記に所謂隠岐島は、即今治の沖島なるお、外史に隠岐国と為すのは誤れり、