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日向経緯記
当国は部内山岳極めて多くして、少なしと雖ども東南に大海お受けて、信に出る日に向へり、是以て気候融和に、土地肥沃なり、故に宝玉、諸金、諸石、諸塩、薬物、丹青、百穀、百菓、絹布、糸綿、木綿、枲麻、藍淀、紅花、紫根、漆樹、蝋油、材木、炭薪、藺葉、蒲席、茶、紙、陶器、鳥獣、魚鼈の類に至るまで、凡人世必用の諸品、一として産せざるものなし、且つ又河の流れ甚だ多くして、津出するに宜く、殊に細島と県河の二処は、都合便要の海港なれば、若し能く鎔造の神意お奉り、事天の政教お行はヾ、其国内富豊にし、人民お蕃盛せんこと、掌お返すよりも易し、九州の諸国の中に於て、物産お興し、交易お結ぶに便利なること、此国に勝れる者あることなし、実に上々国なり、然れども此国は古来土地お開拓せしこともなく、国事お経営したることもなきお以て、其出所の産物悉く皆な粗貨にして、極品の物あることなく、紙お出すと雖ども、半切は佐土原飫肥よりは遥に劣れり、半紙は大洲岩国柳川等には比すべきにもあらず、茶は宇土八代相良にも及ばず、烟草は国府は勿論、大隅の産にも及ばず、其他の諸物も此れに准じて推察すべし、此れ皆な事天の政事お行なはず、鎔造の神意お知らざるお以て、上下心お一にして、国事お経営せざるの致所なり、抑も当国は西海無双の上々国なるに、何の縁由にてか如斯に国土も他国より稚く、風俗も耽誤なるやと、熟々此お按ずるに、昔しは領主の度々替りたる処なるが故に、君侯も士大夫も土地お開発し、物産お経営することには心お尽さヾりしにや、