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西遊記続編

古朴 薩摩などは格別の遠国故にや、城下にも猶古風残れり、器物も酒の銚子といふものなし、皆錫の徳利なり、膳も宗和などいふ膳は一つも見へず、皆二枚脚の木具なり、扠多くは皆土器類お用ゆ、隻京都にて官家に交る心地す、其外元服の儀式、婚姻の礼法、甚厳重にして古法ある事、余〈◯橘南谿〉などが知らざる事のみ多し、其外にも狩の作法、犬追物の式等は、薩摩に残れる事、世の人も知る所也、余彼国に有し時、或町家の好みにより、兼好が徒然草お講ぜし事ありしに、鷹の鳥の付やうの所にいたり、そらにてはしかとおぼへざりしに、座につらなりしもの大かたは皆覚え居て余に語り聞せ、猶色々委敷法ありとて、鳥の付様の図お出して示せり、町家の人だに斯のごとし、誠に恥べきこと也き、其外近き事は尚更にて、何事も故実に従ひ、人皆かたく守り居て、仮初の事にも等閑にはせず、是は此国四方にきびしく関所お居られて出入易からず、他国の人も入来らず、自然に隔りて繁花の風にも押移されざる故也、近き年はやう〳〵に他国の人も往来するやうに成て、器物抔も好事の家には、当世の品お調へ持るも間々あり、又下女はしたなどは、今に丸ぐけの帯なれども、妻娘などは帯は幅広くなり、髪形ちも漸上方お学ぶ家もあり、 ◯按ずるに、人国記に記する所の、此国の風俗の事は、大隅国篇に載せたれば参照すべし、