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東遊雑記
十四
取勝といふ浦は、至てよき町にて、家数千六百余軒、はし〳〵に至る迄も貧家と見ゆる家は更になし、浜通りには土倉幾軒となく建ならべ、諸州よりの廻船此日見る所、大小五十艘計、町に入見れば呉服店、酒店、小間物屋、此外諸品の店ありて、物の自由なる事上方筋に替らず、御巡見使拝見に出し男女お見るに、縮緬の単へに、白あけの紋などお付、人物言語よくて、辺鄙の風俗なし、委しく聞くに、近郷越前より出店数多く、上方のもの多し、其上長崎の俵もの問屋、湊ゆへに上方の風俗にならひて、斯のごとしといふ、此度江戸お出しより、家居人物言語ともに揃ひてよき所は、此江指町(○○○)と、松前の城下に及ぶ所更になし、奥羽は寒国にして、瓦よはきとて、瓦ぶきの家はなかりしに、此町には瓦ぶきの家も土蔵もあり、いかヾの事にて、此所も寒強地に瓦お用る事と思ひしに、何れも上方やきの倉入し瓦ゆへに、寒の強きにも損ぜずといふ、又家々に図〈◯図略〉のごとき玄関付なり、小家といへども所の習ひにや、相応の唐破風作りにしてあり、土蔵も図のごとく檜板槙板にて包廻して、奇麗に見ゆる饒なるゆへ、おの〳〵美お飾る風と見へ侍りしなり、世にいふ松前の地にては、昆布にて家根おふきし所もあると雲、甚あしき地のやうに風聞もせしが、人物言語も日本お離れし所にて、日本の地よりしては大ひに劣りし事と人思ひし事なりしに、かヽるよき町あらんとは思ひよらず、見るものごとにあきれし事也、是等お以て天地の間至らざる地は計るべからず、所の風にて傾城とも女郎とも雲ずして、遊女の総名おいふに、雁の字といふなり、小童に至るまで雁の字と称して、おやまの女郎の遊女などヽはいはぬなり、予〈◯古河辰〉つく〴〵考へ見るに、此地に右のごときの繁昌なる町ある事、至て不審なる事なり、其上海上浜の辻々は、御巡見使拝見に出る人、所不相応に大人数にて、又江指町に雪踏下駄計お売見せあり、何方より買用ゆる事にて、商ひのたよりとせる事にや、合点ゆかず、是らの事に心お付て見れば、御巡見使御通行なき所にも、村里のある事にや、くれ〴〵も不審少からず、