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蝦夷草紙

産物の事 金山 松前所在島の内せんけん山、くんぬい山、はほろ山等諸書に載たれども、皆是下金といふものにて、土砂の内に交りたる砂金なり、今はなし、又うらかはといふ所に金山見ゆ、是も堀たらば出べきと思はるヽ、其外えりも辺らつこ島等にあり、又深山に有べき歟、未開の大国なれば、明細に探索に及び難し、時お得て達すべし、 銀山 古来より銀山の沙汰はなし、かわくし山、ゆうおつぷ山等にあり、西蝦夷地は深山多し、依ておくゆるしけれども、予〈◯徳内常矩〉未到なれば風説は挙がたし、 銅山 東蝦夷地しべつの奥山にあり、箱館在の山に有、 鉄山 箱館在の大森村石崎村等にあり、その外諸所に多し、 鉛山 見市村の春おぼゆ岳最上たりといふ、先年江指村の堀たる時に、一け年に三百箇程出来たり、其外赤神村江技村等にも有也、 黄銅 めつのいおヽすとろふといふ島にあり、此金日本にていまだ不見、生れながら金色なる銅にて、真鍮の柔かなる様なりと、赤人渉海して予に委細物語せり、 余糧 えとろふ島、しよつちきやといふ所にあり、貯置て時々糧に用ひ、食事とす、色白く餅のごとくにて、味ひ淡く、此島に渡海せし時、友船に分れ、米味噌もなく、草の根お焚て此土おいれ、食事とせしに甚かろくたべよき也、 碗青 しえめん島より取来り、石にて珍らしき品なるに付て、目利者衆評して、仏頭香と名付、瀬戸物お焼に用ゆる土器の模様お画く絵の具なり、 硯石 箱館村の先石崎村しろい浜といふ所へ一円にあり、又此山陰にぬるい川といふ川筋にあり、江戸細工人に彫せて、予所持するものなり、日本へ運送易し、 鐘乳石 西蝦夷地大田山の崎地蔵安置の岩窟にあるといふ、 石炭 くすり場所の内、へつしやふ村にあり、 海松 松前海辺何方よりも出来るなり、色赤く檜のはのごとし、松前近くに床飾に用ゆ、 夕凝 俗に蝦夷珊瑚といふなり、枝珊瑚に似たり、色紅にて甚だ美しき物也、是も床飾に用ゆ、 明礬 えさんに沢山あり、製法いまだ知らず、依之土人捨おくなり、 黒き花の百合 あつけし辺より奥所々にあり 白花の春菊 此春菊は東蝦夷地諸所々にあり 秋萩 もなしへ村、やもきしない村辺にあり、鉢の廻り四寸以上の物あり、 篠竹 しやこたん竹とて西蝦夷地しやこたんといふ所にあり、生れ附て黒き虎斑あり、 牛房 うす、あぶく両所お最上とす、自然に生て、其根のふとさ廻り一尺余あり、味ひ甚だ宜しく、和らかにして中心に髄の穴なし、 一角 うらかわ場所にて得たる事あり、松前家臣北川伊左衛門東都に持来りて、価貴くなりたりといへり、 白熊 のついおヽすとろふといふ島より出る、赤人はなはだ賞美せり、 黒狐 松前にててつほふにて捕たるお、専念寺に葬りたるといへり、 銀鼠 東蝦夷地に諸所にあり、いたちより少し小なるものにて、真に白し、又希に赤きもあり、 金海鼠 奥州金華山の近所の海上より取るお名物也といへり、他国になき様に思ふ人多し、 東蝦夷地 むりから 大蟹にて手の長さ四五尺計、味ひ甚美なり、 せちころぷ あんかうのごとくなるものにて小なり、肉堅く味美なり、あいてゆるべ 赤え如くにて角あり、此角の麁皮お取て箭の根に塗て獣お射るに、一矢にて留るなり、角は烏犀角に似たり、 かちこるべ 形は未詳、角一本にて水面に振立て見ゆれども、其形は不見得、依てしらず、近よる時は香気に酔ふて煩ふ也、 てくんへこるべ 松前にてしやり蟹といふ、首は蟹にて尾は蝦なり、頭中に真珠あり、紅毛人持渡る、おくりかんきりなり、 かかもこるべ 松前にてこつこといふ魚にして鱗なし、鰒のごとし、腹に菊の花のごとき心ほありて、是にて岩に吸付居る、味ひ軽く淡きもの也、 ろこん あつけしの小沼にあり、性は魚にて、形は角なり、総身に刺利有、其形はおこぜといふ魚に似たり、毒魚なりとぞ、 おしゆるこま 鱸の形に似て、肉は鱒のごとし、味ひ至つて美なり、えとろふ島の先より島々に多し、 うるつぷ 鱒のごとくにして大也、肉は至て赤く、味ひ甚だ美なり、煮焼て猶また赤く海老のごとし、 れぷたちり 形色ともに烏のごとくにして、頭あかし、くなしり島よりさきにあり、 えとひりか 色形とも烏の如く、口觜赤く、えとろふ島辺に多くあり、 ふんつしやむちり 雀のごとくにて大なり、目玉甚だ美しく、眉毛あり、觜の上に毛ありて異形なり、 くし子れき 松前にて島鳥といふ、すはかりたる形の高さ二尺計あり、 しりかぷ 魚にて形は鮫のごとくにして、身の丈七尺計あれば、上唇の長さ六尺ばかりもあり、不釣合なるものなり、 きなぼう 形ちあんこうのごとくにして、蝦夷人此魚の腹より油腸お取、腹中へ幣おいれ、又海へはなすなり、 らつこ 首より手は猫の如し、足はなし、鰭ありておつとせいに似たり、仰て食物お喰ふなり、うるつぷ島まかんるヽ島より出る、 膃肭臍 おしやまんやくんぬいあふた辺にあり、又くなしり島にもあり、形諸人しる通り海獣也、 う子うおん子つ 膃肭臍の大なるものにて、蝦夷地何方にもあり、形おつとせいに似たり、海獣也、 蝶鮫 西蝦夷地よりおもに出る、東蝦夷地のたおい辺にも出る、 海鹿 ちやえヽ ゆう れたう まつ子つふ いたなし 五種共皆あしか也、松前にてはあしかお名付てとヽといふなり、 いるか おこんてれけ子ろんのぷ れふんかもい とわゆく こしゆんぶ いからかもい子はいゆいきかもい いちむけ ふんへおとき 九種みないるか 海豹 しろとかり あざらし おらたん子 へかとぬまうし ほきり べけつほゆまるおまむしへ にくい いたしま ほひくけしよう やいとかり 十三種みなあざらし 鯨 のこる とない ふしんへ たん子へ こくんへ おくりげん へいと子けれ おあやうし 凡九種あり、皆鯨也、 錦 松前にて十徳といふ、又ころもといひ二種あり、各綴あり、縫もあり、みな異国の古著也、満洲の官服也といふ、 段切 巻物にて渡り来る、錦純子繻子の類もあり、各異物もの也、 青玉 大いなるあさぎ色なり、中玉小玉は種々の色有、 たんつう 織たる毛氈にして、模様種々のかはりあり、多く古ものにて渡る、 煙筒 白銅細工にて彫物あり、硝子お入たる細工にて、日本にて七宝細工也といふ、銘お切りたるもあり、 此外蝦夷産物に いけま えぶりこ帆立貝等多し、諸書に載たれば援に略す、又渡りものには、草金銀銭薬種羅紗猩々緋の類も出るといへども、不定の渡りものゆへ焉に略す、海辺磯辺寄物には、大竹の類網の浮木船具等も、時々には珍器もあれども、諸書に載たるものは援に略す、