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蝦夷草紙

歌の文句の事 一西蝦夷地のそうや〈松前より海上凡二百里也〉辺にて、土人の風俗お見るに、遊の座興の戯れにする事にて、口に糸おくはへ、手指の爪にて弾き鳴らし、此相手には団扇太鼔のごときの物おうち、拍子おとり、囃しに乗じ和し諷ふ歌の章句お、翻訳する事左のごとし、 蝦夷国はじめて開けし時に、十二一重の美服お著したる神と、隻一重の麁服お著したる神と、ふた神の天降りける時に、美服お著したる神おば尊く思ひて、此国に神とヾまりたまへと祈り尊敬しけるに、麁服お著したる神おば信じ近よらず、依て其神天上して、終に再び降り玉はず、また美服お著したる神は、此国に留り給ふ、此神は粟稗の神にて、麁服お著したる神は米穀の神なりしが、天上し給ひしゆへ、蝦夷国は酷寒の地なれば、十二一重の神へ此国へ留り玉へと祈りしが、糖穀の多き粟稗の神ともしらず、単衣の神は米の神ともしらず、夷狄なるこそ浅猿しけれ、仍て蝦夷国は、此因縁にて、米穀の出来ぬことはり也、