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蝦夷草紙

妻妾の事 一蝦夷地は、都て妻おまち、妾おうつしまちといふ、東蝦夷地くなしり島の脇乙名に、つきのいといふものあり、妻妾都合十八人あり、本妻と妾との差別なく、諸所に家お作りて、独身に住はせおく也或は五六里、或は二三十里お隔て、或は海上お数十里隔てたる島々にも、此つきのいに限らず、富貴なる蝦夷人は妻妾お数多持つは、土地の風俗なり、或ときつきのい魚油干魚類お船につみて、くなしり島の運上小屋に来り、交易して代り物の米と麹と小間物類お請取て、浜辺に丸小屋お懸て逗留し居けるが、其近所五里七里隔たる所に住居せし妾の方へ、米と麹と小間物とお配分す、但し米八升俵麹八升俵也、是お三俵づヽ送り遣せば、妾其米と麹にて濁酒お造り、つきのい方へ呼使お遣はせば、つきのい旅先へ連あるく妾どもに手おひかれてゆきて到れば、饗応に独酒お出し、妾と共に酒宴おして遊興するなり、妾ども大勢よりあひても、吝気嫉妬の意もなく、皆頼母敷睦敷ものなり、蝦夷土地の風俗にて、大身小身に限らず、旅稼旅商等我家内のものお不残召れ、家財も携へて巡行す、是蝦夷土地の風俗なり、又妾どもには家お造り渡し置のみ、外に衣食の手当もなく閣けども、独り我身お営成し、おひやうといふ樹の皮お煉り、あつしといふ太布のごときものお織て衣服となして夫に贈るは、蝦夷の夫人の習はせ也、大身の乙名などには、うたれとて、家来大勢あり、代々相伝の家来にて、主人旅稼に出る時は、此うたれどもの妻子も倶に従ひゆく、主もうたれも家内不残旅先に滞留して、かせぎして営成す、是蝦夷土地の風俗なり、生涯住所お定めず、数十里の海辺に住居す、家屋は皆仮小屋にて猟産の卓山なる処へ移りて、又仮小屋お作りて住居する也、生涯みなかくのごとし、是耕作の産おしらず、猟産沢山なる故也、