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東国紀行
十一月〈◯天文十三年〉晦日、この家は俵藤太秀郷の末孫にて、彼竜宮より褒美の太刀所持せられたり、毎月朔日には同名衆出仕、三日潔斎して供具おそなへ、三献の儀式厳重なり、此太刀拝見のため、昨日は逗留の事なれば、未明におきて行水看経などし侍りし、勢田橋再興勧進(○○○○○○○)十穀、これもけふおまちえて、早天よりたづね来れり、奇特の事なり、