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都紀行

二日〈◯文久四年正月〉空もよく晴し朝に立出て、〈◯中略〉三川の一つといへる橋矧川にいたれば、海道第一といふ二百八間の橋も、度々補理あるといへど水難ありて破れ、今は半ばなくして、先と後とのみ少しく残れるのみ、此地はむかし日本武尊矢お作らしめ給ふより、矢はぎの名お得たりといふ、川お船にて渡り越へて行、