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廻国雑記
かくて甲州にいたりぬ〈◯中略〉猿橋とて川のそこ千尋におよび侍るうへに、三十余丈の橋おわたし侍りけり、此橋に種々の説有、むかし猿のわたしけるなど、さと人の申侍りき、さることありけるにや、信用しがたし、此橋の朽損の時は、いづれに国中の猿かひどもあつまりて、勧進などして渡し侍となん、しかあらば、その由緒も侍ることあり、所がら奇妙なる境地なり、 名のみしてさけぶもきかぬさる橋のしたにことふるやまがはのおと、おなじこヽろおあまた詠じ侍りけるに、 たにふかきそはのいはほの猿橋は人もこずえおわたるとぞ見る 水の月なお手にうとき猿はしやたには千尋のかげのかは瀬に、此所の風景さらに凡景にあらず、すこぶる神仙消遥の地とおぼえ侍る、 雲霞漠々渡長梯、四顧山川眼易迷、吟歩誤令疑入峡、渓隈残月断猿諦、