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絵本江戸土産
両国橋納凉 九夏三伏の暑さ凌がたき日、夕暮より友どち誘引して、名にしあふ、隅田川の下流、浅草川に渡したる両国橋のもとに至れば、東西の岸、茶店のともし火、水に映じて白昼のごとく、打わたす橋の上には、老若男女うち交りて、袖おつらねて行かふ風情、洛陽の四条河原の凉も、これには過じと覚へし、橋の下には屋形船の歌舞遊宴おなし、踊、物真似、役者声音、浄瑠璃、世界とは是なるべし、或は花火お上げ、流星の空に飛は、さながら蛍火のごとく凉しく、やんや〳〵の誉声は河波に響きておびたヾし、此橋は往昔万治年中初めて懸させたまひ、武蔵下総の境なるよし、俗にしたがひ給ひて両国橋と号たまふとかや、