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遊囊剰記
十九
勢多橋、織田軍記に拠れば、天正三年掛られしは、広四間、長百八十間なり、国初の諸記に拠れば、何れも小橋三十六間、大橋九十六間、今の間数と符合す、昔は今の処より南の方にかかりて、一条の長橋なりけりといふ、中島十五間おかたどりて、大小二条となることは、天正以後と知べし、〈◯中略〉此橋は志賀、栗田両郡の界なり、