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芭蕉文集

更科記 懸橋寝覚など過て、猿がはしたち峠などは、四十八曲りとかや、九折重りて雲路にたどる心地せらる、歩行よりゆくものさへ眼くるめき、たましいしぼみて足定らざりけるに、かのつれたる奴僕いともおそるヽ気色みえず、馬の上にて隻ねぶりにねぶりて、落ぬべき事あまたヽびなりけるお、跡より見あげてあやうき事限りなし、仏の御心に衆生の浮世お見給ふもかヽる事にやと、無常迅速のいそがはしさも、我身にかへりみられて、〈◯中略〉 かけはしやいのちおからむ蔦かづら かけはしやまづおもひいづ駒むかへ 霧晴てかけはしは目もふさがれず 越人