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新塩尻

木曾の梯は山谷の間にかヽりて、河流にそむきはべれば、いかなる洪水といへども橋おそこなふ事なし、然るにいつの比にか有けん、旅人かりそめに煙草の火おわすれしが、草野にもえかヽりて、梯やけにけり、其後は梯辺火お禁ぜしかば、又炎燃の難なかるべきに、一年山崩れ岩石まろびかヽりて、橋あへなく落にきと、其所の人かたりはべり、嗚呼時ありて災害のがれがたき事如此か、水あふれて落べきはしの火にやけ、火おいましむれば、更に岩にくづされはべるにや、凡人の世の有様これにことならず、栄えおとろふるお、あるはうらやみあるはなげく、みなおろかなり、禍福時にいたりときにさる、人力の如何ともすべきにあらず、何おかうれへ、何おか喜び侍らん、