古事談

三僧行

玄賓僧都者、南都第一之碩徳、天下無双之智者也、然而遁世之志深して、不好山科寺之交、〈◯中略〉而閉房、人にも不被知、隻一人暗跡して、弟子眷属雖尋求、不知行方、南都のみならず、天下貴賤惜歎之、送年序之後、門弟一人、有事之縁、下向北陸道之間、或渡に乗船渡之間、渡守お見れば、首おつかもと雲程に、おひたる法師の、不可説の布衣一著たる、あやしげの者のさまやと見間、さすが又見馴たる心地す、〈◯中略〉彼も作見知気色、故不合顔色、寄て取も付ばやと思けれど、人繁さに中々上道之比、此辺に宿て、夜陰などにおはせん所へも尋向て、閑に申承と思て過了、上洛之時著此渡、先見渡守之処他人也、驚悲て相尋子細ば、さる法師侍き、年来此渡守つとめて侍しが、いかなる事か侍けん、去比逐電、不知行方也、如然之下〓と作申も、如数舟ちん(○○○)などもとらず、唯当時の口分許お取て、昼夜不断念仏おのみ申侍しかば、此里人もあはれみ侍しに、失侍は毎人に惜忍侍也と雲、聞に哀に悲事無限、失たる月日お聞に、我奉見合たりし此也、ありさまおみえずとて、被去隠にけるなるべし、　道顕僧都此事お聞て、渡守こそげに無罪世お渡道なりけれとて、湖に船一艘儲て被置たりけれども、あらまし許にて徒石山の川岸にて朽にけり、されど慕心ざしは難有事也、