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東海道中膝栗毛三編

援にかの弥次郎兵衛、喜多八は、大井川の川支(づかへ)にて、岡部の宿に滞留せしが、今朝御状箱わたり、一番ごしもすみたるよし、聞とひとしく、そこ〳〵に支度して、〈◯中略〉大井川の手前なる島田の駅にいたりけるに、川越ども出むかひて、だんなしゆ、川あたのんます、〈弥二〉きさま川ごしか、〈川ごし〉はい今朝がけにあいた川だんで、かたぐるまじやあぶんない、蓮台でやらずに、おふたりで八百下さいまぜ、〈弥二〉とほうもねへ、越後新潟じやああんめへし、八百よこせもすさまじい、〈◯中略〉問屋へかヽつて、おこしなさるはと、〈いヽすてヽ、あしばやにゆきすぎ、〉〈弥二〉なんと北八、あいつらにからかうがめんだうだから、いつそのこと、とい屋へかヽつて越そふ、手めへの脇指お借しやれ、〈北八〉なぜどふする、〈弥二〉侍になるはと、〈きた八がわきざしおとつてさし、おのれがわきざしのひきはだお、あとのほうへのばし、長くして大小さしたようふに見せかけて、〉〈弥二〉なんと出来合のお侍、よく似合たろふ、此ふろしき包お手めへいつしよに持て供になつてきや、〈北八〉こいつは大わらひだはヽヽヽヽと、〈弥次郎兵衛がにもつおいつしよにして、きた八かたにひつかけ、やがて川問屋にいたり、弥次郎兵衛、おくにことばのこはいろにて、〉〈弥〉こんりやとん屋ども、身ども大切な主用で罷通る、川ごし人足お頼むぞ、〈といや〉はいかしこまりました、御同勢はおいくたり、〈◯中略〉上下あはせてたつた弐人じや、台ごしにいたそう、なんぼじや、〈といや〉はいおふたりなら、蓮台で四百八拾文でござります、〈弥二〉それは高直じや、ちとまけやれ、〈といや〉えヽ此川の賃銭に、まけるといふはない〈やあ〉、ばかあいはずとはやく行がよからずに、〈◯下略〉