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佐野のわたり
予は尾張のくにへ、船のたよりおまち侍るに、明る十七日、夜おこめて出る船あるよし、つげきたれば、すこし夜になりて、大湊といふ所に行つきぬ、〈◯中略〉つとめて船出すべきよしかまへ侍るに、暁がたより風かはりて、村雨のやうにふり出ぬ、〈◯中略〉今ぞ船出もいよ〳〵のび侍れかしと、〈◯中略〉廿三日、〈◯中略〉夜もはやあけなんとする程に、おもふかたの風になりぬと、船子どもこえ〴〵もよほして乗侍りぬ、こヽろのぬさとりあへぬまではしりゆく、かの伊勢おはりのうみづらなどいひし古ごともいひ出て、過にしかたの人々もこひしながら、心はさきにいそぎ侍るまヽに、おなじ国の桑名といふみなとにつきぬ、